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Mater Mea
sweet mary


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今日の福音(マタイ 12:46-50)について少し。聖書には、「イエズスの兄弟たち」という言葉が出て来ます。これを文字通り受け取って、「マリアにはイエズス以外にも子がいたのだから、終生処女ではない。」とするプロテスタントの見方があります。しかし、聖書をよく読むと、そうではないことが分かります。


1)聖書には、「イエズスの兄弟たち」という言葉が何度か出て来ますが、彼らは一度も「マリアの子」とは記されていません。一方、イエズスは「マリアの子」と記されています(ヨハネ 2:1、19:25、使徒 1:14)。


2)マタイの福音書の他の場所では、イエズスの兄弟たちとされる「ヤコブとヨゼフ」は、聖母ではない別のマリアの子どもたちとして記されています(マタイ 27:56、マルコ 15:40)。


3)イエズスは、十字架上で亡くなる際、聖母を弟子のヨハネに託しますが、もし聖母に他の子がいるのなら、聖母をヨハネに託すというのは不自然です。


4)「兄弟たち」と訳されるギリシャ語(新約聖書の原語)の"adelphoi(アデルフォイ)"は、同じ親から生まれた「兄弟」だけでなく、同じ文化を分かち合う仲、隣人、信仰を分かち合う者同士等々、幅広い用途で使われます。古代のヘブライ語やアラム語には、「いとこ」という言葉がないので、すべて「兄弟」という言葉を使っていたため、ギリシャ語で書かれる時にも、それが踏襲されました。ギリシャ語に訳された旧約聖書でも、「いとこ」、「(離れた)親類」、「甥」等、すべて「兄弟」と訳されています。また、パウロもイスラエルの同胞を「兄弟たち」と呼んでいます(ローマ 9:3)。


また、この箇所は、イエズスが母に対して冷たい態度を取っているようにも受け取られます。しかし、実際には聖母の偉大さを明らかにしていることが分かります。


イエズスは、「天におられるわたしの父のみ旨を行う人こそ、わたしの兄弟、わたしの姉妹、わたしの母である。(マタイ12:50)」と言います。同じような箇所がルカにもあります。「イエズスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。」しかし、イエズスは言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」(ルカ11:27-28)」


ポイントは、肉親を否定しているのではなく、肉体的親になること以上に素晴らしいことがあるという点です。イエズスは、「神のみ旨を行う人、神の言葉を聞き、守る人」こそが、彼の母であると言います。言い換えれば、胎に肉体を宿すこと以上に、心に信仰を宿すことがより大きな恵みだと言っているわけです。これはまさに聖母のこと。彼女が揺るがない信仰を持ち、神の言葉に従順だったからこそ、イエズスは地に来れました(ルカ 1:26-38)。彼女の信仰が、イエズスをもたらし、彼女を「神の母」となし、そして、すべての人の母とさせたのですから、彼女は「真の母」であり、イエズスの発言は、彼女をおとしめているのではなく、その素晴らしさをより際立たせていることが分かります。





a bit reflection on today's reading (mat 12 46-50). the bible mentions "JESUS' brethren" several times. some protestants insist that mary could not be virgin because JESUS had some brothers, but if we read the bible carefully, it is not so.


1) these brethren are never called the children of mary, although JESUS himself is. (jn 2:1, 19:25, acts 1:14)


2) james and joseph are sons of a different mary. (mt 27:56, mk 15:40)


3) it is unlikely that JESUS would entrust his mother to the apostle john at his crucifixion if he had some other brothers to look after her.


4) the greek word "adelphoi", meaning "brethren", has broader meaning than blood brothers. since ancient aramaic did not have the word for "cousins", they used "brethren" for relationship other than the blood brothers. same cases can be found in OT many times, too, and paul used it as a synonym for his israelite kinsman in rom 9:3.


also, some people may think JESUS is too harsh on his mother here. however, he is actually revealing her great divine maternity.


he says "for whoever does the will of my FATHER in heaven is my brother, and sister, and mother. (mt 12:50)" and we can find similar remark in luke. " as JESUS was saying these things, a woman in the crowd called out, “blessed is the mother who gave you birth and nursed you.” he replied, “blessed rather are those who hear the word of GOD and obey it.”(lk 11 28-29)".


his point is not to deny the biological parent but to clarify there is far better thing than being a physical mother. he says those who do the will of GOD, hear the word of GOD and obey it is his mother. in other words, he is pointing out that to have faith in mind is greater than to carry the body of the LORD in the womb. for by mary's total faith in and obedience to GOD, JESUS was incarnated (lk 1:26-38). her faith bore the CHRIST, made her "mother of GOD" and let her be the mother of all people. so, she is the true mother and JESUS is emphasizing her greatness in his seemingly cold remarks.





聖書 comments(3) -
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Comment









Taddyさん、お久しぶりです(^^)

「神の御ひとり子を実際に産み育てた婦人」であることと、
「天の御父の御心を行われるかた」という両面において、
聖母は神さまの「まことの御母」であるという確証ですね。
もしそうでなかったら、聖書の霊であられる聖霊が
「あなたこそ主の御母」と証しなさるはずがありませんし…
(ルカ福音書1章41〜43節より)

「聖書的」という言葉を好まれる方々が是認なさらない
というのは、よく分からないですね。

ところで、今日は聖シャーベルのお祝い日なんですね。
以前は、この方のお名前を冠した修道会を名乗るカルト集団も
あったとか(聖人さまにはご迷惑ですが…)

カトリックには、ラテン典礼の他ギリシア典礼、シリア典礼など
大きく5つの典礼教会があると聞いたことがありますが、
Taddyさんが紹介して下さったお写真のお召し物の感じだと、
この聖人さまは「カトリック・シリア典礼」の教会でしょうか。

東方教会の流れをくむ方々には、優れた隠遁修道聖人がたくさん
おられたようですね。

ああ、早くぺトロの使徒座に一致した唯一の教会にならないかなー。
霊的遺産が莫大なだけでなく、更に素晴らしい神の恵みが私たちを
待っているというのに…!(ヨハネ福音17章20〜21節・他)

テンペラ画の工程の多さに意識が遠のき、カラフルなクワガタくんの
羽を見れば「ナスの天ぷら」を思い出してしまう(笑)からやんより。
    
from. からやん | 2013/07/24 18:26 |
お久しぶりです、からやんさん♪ コメント、ありがとうございます。

おっしゃる通りなんですよねー。聖書を読めば読むほど、原語の表現を知れば知るほど、いかに聖書は聖母の偉大さを示しているかが分かるんですよね。特にルカとヨハネの福音書は、旧約の成就と結びつけていて、新しいエヴァとしての姿を意図して描いていますし。

ただ、聞いたことがあるのですが、「聖書的」を自負される方々は、基本的には文字通り聖書を受け止めるも、一部だけはそのルールから外れて独自の解釈をするそうです。そうなると、もはや聖霊によって読むのではなく、自分たちの意見の正統性を守るために意図的に操作して読んでいることになるわけで、それこそ「聖書的」ではなくなってしまいます。

聖シャーベルは、ご存知の通り、あのカルト集団がその名前を利用しているため、この聖人のお名前を聞くと「え?」と一瞬ためらってしまいますよね・・・。聖シャーベルもとても迷惑を被られていると思います。実際は第二の聖アントニオ(砂漠の師父の方)と呼ばれるほど、偉大な方なですけどね。

聖シャーベルは、東方典礼カトリック教会のマロン派に属します。十字軍の時代から、カトリックに戻ってきた一派です。イスラムによる弾圧時代、シリアからレバノンの山中に逃れ、イスラムの攻撃に対抗し、フランスからの十字軍がエルサレム入城した際、山から下りて出迎え、ここからカトリックとの一致が始まったようです。メジュゴリエを訪れているときも、レバノンからの巡礼団をたくさんみましたが、彼らのほとんどがマロン派だと思います。シリア典礼も、西シリア典礼(アンティオキア典礼)と東シリア典礼(カルデア典礼)とがあるようで、マロン派の典礼は西シリア典礼に属するようです。
from. taddy | 2013/07/25 14:44 |
管理者の承認待ちコメントです。
from. - | 2013/07/25 16:30 |
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