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Fiat
heart

pattern


またまたご無沙汰してしまいました。

ここしばらくの間、人生の大きな岐路の一つに来ています。それに関連して噴出する種々の問題や人間関係に押しつぶされそうになり、その度に祈り、祈りとミサの中で小さな光と平安を見出し、けれどまたその嵐の飲みこまれ、祈り・・・の繰り返しです。ですが、このことを通して、主はボクに主に対する完全なる委託と信頼を学ばせようとされているように感じます。Non mea voluntas, sed tua fiat.

昨日、ミサの後、買わなくてはいけないものがあったので教会売店で購入し、シスターが勧めてくださった「みことばおみくじ」を引きました。そこにはこう書いてありました。

あなたの神、主が共に行かれる。主はあなたを見放すことも、あなたを見捨てられることもない。(申命記13章6節から)」

まさに今のボクに必要なしるし!主がみことばを通して語りかけてくださったことに鳥肌が立ったとともに、深い感謝と安心感を得ることができました。このみことばを胸に、前進していきたいと思います。

また、今朝、今日のみことばの箇所「わたしの愛にとどまりなさい。」を黙想していると、イメージが心にわいてきました。

主の御手の中に一粒の小さな小さなちりがあります。このちりはボク自身。主がしっかり手を握っておられると、ボクは安全。でも、主が手を開かれると、簡単に風に吹き飛ばされてしまいます。それほど、ボクたちは小さく、もろく、はかない存在。だからこそ、己を過信することなく、主にしがみついていないといけません。もともと、ヘブライ語の「信じる」である「he'emin(ヘエミン)」は、語源は「'aman(アマン)」で、「くっつく、〜から離れない」という意味だったと聞きます(ちなみに、「私は信じます。」は「Ani ma'amin.(アニー マアミン)」)。頭の中で神を捉えるのでなく、神と人の間の存在と存在の根本的な関わり合いこそが「信じる」ということなのでしょうね。

どうかボクが主の御旨に完全に自分を委ね導かれるよう、お祈りでサポートください。よろしくお願いします。




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from. - | 2012/05/22 19:31 |
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