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Fr. Sudac the Stigmatist

sudac


ズラトゥコ・スーダッツ神父

(Zlatko Sudac、“スダッツ”とも言いますが、クロアチア語の発音に近い“スーダッツ”にしました。)


1971年1月24日、アドリア海北部のクルク島(クロアチア)生まれ。1998年6月29日に司祭に叙階され、クルク教区で司祭として活動。


1999年の5月、額に十字架の形をした聖痕を、そして、約1年半後の2000年10月4日、教会史上、最初に聖痕を受けたアッシジの聖フランシスコの祝日に、手首と足とわき腹に聖痕を受けました。彼はまた、多くの賜物を受け、彼のミサや黙想会に参加する人たちの多くは、深い神とのふれあい経験をし、彼の説教や講話を聞くために多くの人が彼のもとを訪れ、彼自身もあちこちに旅しています。


「 額にある十字架は、特に祈りを捧げているときに痛みます。また、特別な日、たとえば、月の最初の金曜日などには出血します。聖痕現象が起きる前は、異言の賜物、癒しの賜物、判断の賜物をいただき、それから徐々に知識の賜物もいただきました。聖痕現象が起きるようになってからは、他にも多くの賜物をいただきました。そのうちのいくつかには、非常にわたしも圧倒されます。ですので、いただいた賜物に慣れるまでには時間が必要です。特に、レヴィテーション(宙を浮く恵み)、バイロケーション(同時に二ヶ所に存在する恵み)、照明の賜物、来るべき出来事を知る知識などがそれです。 」


その聖痕を科学的に調べるため、ローマのジェメッリ病院で検査を受けています。広範囲にわたる徹底的な検査の結果、スーダッツ神父の聖痕は、人間の手によるものではなく、医療科学では説明のつかないものだと結論付けられました。


スーダッツ神父は、通常、クロアチアの「ベタニア」という黙想の家で、霊的指導者として人々の司牧をしています。教会と教区の司教や長上たちに従順であり、司祭職だけでなく彼自身の身に起こっている現象や賜物についても、すべて教会の権威に従っています。ちなみに、聖痕は人目をひかないよう、普段はバンドエード等で隠されています。


「 当時起きたこと(=賜物や聖痕を受けたときのこと)について語るとき、わたしは主への大いなる畏敬の念を感じます。多くの方々がこれらのことについてどう思うか尋ねて来ます。でも、わたし自身さえ分かっていないことを人々は知りたがっているのです。


イエズスは、その価値はその実によって識別されるとおっしゃっています。もし人々がわたしのミサや黙想会に来て神を体験し、自分自身を変えるなら、病気に苦しむ人たちが癒されるなら、仲たがいしている人たちが和解するようになるなら、神を冒涜していた人たちが、神との和解を求めるようになるなら、悲しみにくれていた人たちが、希望に満ちて家に戻るのなら、この「実」にこそ、わたしたちの目を向けなくてはいけません。わたしに注目しないでください。


いつも講話や黙想会においてこう言うのです。「みなさんがわたしを見るためにやって来たのであれば、みなさんは大変大きな間違いを犯しています。しかし、イエズス・キリストを求めて来たのであれば、ここにいてください。」と。わたしたちがフォーカスを当てるべきは贈り物を与えてくださる方にであり、贈り物そのものにではありません。わたしは、自分はイエズスの足が踏んで履いておられる「サンダル」だと感じます。このサンダルをイエズスが履き、神を心から求めている人たちのところに来てくださるのです。イエズスに忠実にお仕えする力を、神がわたしに与えてくださいますように。 」



スーダッツ神父 comments(1) -
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お久しぶりです

私の小さなヤフーブログ「海の星」でスーダッツ神父様を
ご紹介させていただきました

こちらの記事から、神父様の略歴などを参考にさせていただいて
書かせていただきました

ありがとうございました
from. ニール | 2013/01/16 00:35 |
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