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Divine Mercy / The Feast of Divine Mercy
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ファウスティナに与えられた幻視の中で、イエズスは復活祭の次の日曜日を「神のいつくしみの祝日」として祝うことを何度も願っています。 


復活節第二主日の典礼において、教会は告解の秘蹟の制定や神のあわれみについて伝統的に語ってきました。このため、イエズスの望みは理にかなったものです。そして、2000年4月30日、ファウスティナが聖人の位にあげられた列聖式で、ヨハネ・パウロ2世は教会が復活祭後の日曜日を「神のいつくしみの主日」として祝うことを正式に定めます。ここにイエズスの望みが成就したのです。 


「全世界の教会において、復活祭後の日曜日は“神のいつくしみの主日”と呼ばれる。」 (2000年5月23日 典礼秘蹟省) 


「神のいつくしみの主日」について、イエズスはファウスティナにこう語っています。 


この日に命の泉に近づく人は誰でも、罪と罰の完全なる赦しを受けるでしょう。(日記300) 


復活祭の次の日曜日に、この絵が荘厳に祝福されることを望みます。そして、すべての人がこの絵について知ることができるよう、この絵が公に崇敬を受けることを望みます。(日記341)   


この祝日は、わたしのいつくしみのもっとも奥底から生まれ出て、わたしのいつくしみのもっとも奥底において確かなものとされます。(日記420)   


ある日、わたし(ファウスティナ)はこのような言葉を聞きました。 娘よ、想像を超えるようなわたしのいつくしみについて、全世界に知らせなさい。いつくしみの祝日が、すべての人たち、とくに哀れな罪びとたちにとっての拠り所となることを望みます。この日、わたしのいつくしみの源は開かれます。わたしのいつくしみの泉に近づく人たちに、海のような恵みを注ぎます。告解の秘蹟を受けご聖体をいただく人は皆、完全なる罪の赦しを受けるでしょう。天の水門は開かれ、恵みがあふれ出します。わたしに近づくことを誰も恐れないように。たとえその人が最悪の罪によって緋のように赤く染まっていても。人間であろうと天使たちであろうと、わたしのいつくしみの偉大さを計り知ることは永遠に不可能です。世界に存在するすべてのものは、わたしのいつくしみの奥底から生まれているのです。わたしの意志につながっている人は皆、いつまでもわたしの愛といつくしみについて思い巡らせるでしょう。いつくしみの祝日は、人々のことを想うわたしの心の奥底から生まれ出でました。この祝日が復活祭後の日曜日に荘厳に祝われることは、わたしの望みです。わたしのいつくしみの泉により頼むまでは、誰も本当の平安を見出すことはないでしょう。(日記699) 


そう、この復活祭の次の日曜日はいつくしみの祝日です。けれど、わたしへの愛によって突き動かされた憐れみ深い行いが伴わなくてはいけません。いつも、そして、どこででも、隣人たちにいつくしみを示さなくてはいけません。このことを避けたり、この勤めから自分を放免することがあってはなりません。(日記742) 


いつくしみの祝日に告解を受け聖体を拝領する人たちに、わたしは完全な赦しを与えたいのです。(日記1109) 


「神のいつくしみの主日」の確立を願うイエズスの望みには、教会によって御絵が公にかつ荘厳に崇敬されることや、個々人の憐れみ深い行いや礼拝が含まれています。

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